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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)1098号 判決 1963年10月25日

原告 当麻悳太郎

被告 渡辺惣平治

主文

一、被告は、原告に対し、別紙目録<省略>記載の建物を収去して、その敷地三〇坪を明渡すべし。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。

三、この判決は原告が被告に対し金一五万円の担保を供すればかりに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決と、仮執行の宣言を求め、その請求原因として

一、原告は昭和三三年三月一日その所有にかかる東京都杉並区和泉町六八六番地の一、田(現況宅地)一反三畝二五歩のうち別紙目録の建物(以下本件建物と云う)の敷地となつている土地三〇坪(以下本件土地と云う)を被告に対し一坪の賃料一五円、建物所有を目的とし、土地の使用目的により賃借地の現状を著しく変ずるときは、原告の承諾を経ることを要し、被告がこれに違反したときは、原告は何等の通知催告をしないで右賃貸借契約を解除できることを特約した。

二、被告は昭和三三年五月頃右敷地内に木造瓦葺平家建居宅一棟建坪九坪四合五勺を建築所有した。

三、しかるに被告は昭和三七年一〇月頃原告に無断で右居宅を取毀し右敷地の東南側に右建物の移築を開始しその建物は隣地との境界が一尺足らずであつたので原告は取毀すよう申入れたがこれをきかずその建築を続行し、無届けで且つ建ぺい率違反建築物として東京都建築局監察課より摘発され右建物を取毀すよう勧告を受けた。

四、被告は右勧告を無視してその勧告に従わないのみか、昭和三七年一一月初頃から本件土地の残地約二〇坪全部に建物を建築することに着手したので原告はその中止を申入れたが被告はモルタル塗工事を敢行し、昭和三七年一一月中旬頃東京都建築局係官は現地を再調査してこれを確認し、該建物取毀命令を発したが、被告はこれを無視して工事を続行完成した。

五、本件土地の西側は高圧線下の空地でありその東側は隣家の居宅に接続し南側は配水溝となつているので敷地全部に建物を建築することは危険であり且つ右建物は前記のとおり違法建築であつて、原告との本件土地に関する賃貸借契約の当初における特約違反(前記第一項)である、仮にその特約違反にならないものとしても賃借地上に違反建築をすることは著しく信義則に違反した行為である、しかも右敷地一ぱいに建てられた建物は塀を高めて壁、柱の代用としている等建築の常識を逸脱しており建物自体倒壊の虞れもあり、かかる危険な建物の存在することはその隣地の価格を低下させるの結果これを所有する原告に対し経済的損失を被らせているものである。

六、ここにおいて原告は昭和三七年一一月一八日に被告に到達した書面で前記賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたから右賃貸借契約は同日解除となつた。

七、よつて本件建物を収去して本件土地の明渡を求める。

と陳述し、被告の主張に対し、被告が大工職であることは認めるがそのほかの事実は否認すると述べた。

証拠<省略>

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は、原告の負担とするとの判決を求め、

請求原因に対する答弁として、

第一項のうち、特約を除きそのほかは認める。

第二項は認める。

第三項のうち被告が原告主張の頃原状回復命令を受けたことは認めるがそのほかの事実は否認する。

第四項は否認する。

第五項も否認する。

第六項は認める、ただしその解除の効果は争う。

と述べ、被告は大工職であり、被告がその賃借地内に住居のほかに作業場を設けることは被告が本件土地を賃借する当初から原告も承知していたものであり現在住居に供している建物は約七坪五合でそのほかの部分は周囲の塀に屋根を差しかけた簡単な作業場に過ぎなく、その作業場の屋根の一部も、東京都係員の指示にしたがつて昭和三八年二月頃取除いて現在に至つている、と主張した。

証拠<省略>

理由

一、原告主張の請求原因第一、二項の事実のうち、第一項の特約を除き当事者間に争がない。

二、成立に争のない甲第六号証の一ないし六、甲第七号証の一ないし四、証人田中克己、同田中歉仁の証言ならびに原、被告各本人尋問の結果を綜合して判断すると、本件土地はいわゆる建ぺい率が一割地区であること、被告は原告から本件土地を賃借し、間もなく、建坪九坪四合五勺の建物を建築し、ついで昭和三四年二月頃四坪位の建増をしたが昭和三七年二月頃東京都が水道工事をやつたことが原因でその家が傾斜してきたので右敷地の東南側に移築工事を始め、これを機会に階下を七坪五合とし二階をつけようとしたがそれが無届、建ぺい率違反建築物であるため東京都建築課係員にとがめられ二階を作ることを取やめ、階下七坪五合の木造平家を建築した。

ついで昭和三七年一〇月にいたり、賃借土地の空地の部分に大工の作業場として使用する目的で賃借土地の周囲の万年塀に差掛けて工作物の築造を始めたので原告はこれを中止するよう二、三回申入れたが被告はこれに応ぜず工事を続行したため原告は東京都建築局監査課に申告し同係員は昭和三七年一一月一三日現地を調査し、その結果右工作物は土地区画整理法施行令附則第四条旧特別都市計画法施行令第三条の規定に違反することがわかり昭和三七年一二月二七日東京都知事より敷地(三〇坪)の一割の住居部分を超える部分の原状回復命令が出されたことが認められ、また、作業場は道路に面した部分がモルタル塗り、その下地は横に板を打つて金網を張り柱を三本いれてあり万年塀の側は塀の上に一枚半位の高さで波形トタンを張り道路の反対側の方は半分位木の戸を打ちつけてあつて、屋根は住家の軒の方の部分から万年塀にかけて二尺おきに角材を六本、更にそれを補強するためその角材と合わせて水平に丸太を六本、角材と丸太を連結して支えにしてあり屋根は波形トタンとグラスライトを葺いてあることが認められる。

右認定の事実によれば本件土地はいわゆる建ぺい率一割地区であるのに被告は、原告の制止もきき入れず賃借土地一ぱいに約三〇坪の建物を建築所有するものと云わなければならない。そして右作業所を築造するにつき原告が賃貸借契約成立当初予め承諾していたことを認めうる証拠はないから被告の主張は採用できない。

三、しかして、原告から被告に対し昭和三七年一一月一八日到達の書面で右賃貸借解除の意思表示のあつたことは当事者間に争がない、そこでその解除の当否を判断する。

成立に争のない甲第一号証によれば土地の使用目的により賃借地の現状を著しく変ずる時は貴殿の承諾を経ること、土地賃借人においてこれに違反したときは何らの催告を要せず本契約を解除したものとし直ちに土地を明渡すことを約束しますとの趣旨の条項があるが右の現状変更とは土地の現状変更を指すことは明かであるところ、その契約成立のさいは空地で、被告が建物を建築する目的で賃借したことも明瞭であつて、被告がよしや違法建築をしたとしても、土地の現状を変更したものと云うことはできまい。原告主張の特約違反を事由とする解除は理由がない。

しかし土地の賃借人は善良なる管理者の注意をもつて賃借土地の保管をなすべき義務を有するものなるところ、被告は原告の数回にわたる申入れをも肯かず建ぺい率一割地区の本件土地上に前記建物を建築所有することは賃貸人である原告に対し著しい不信行為であつて原告はこれを理由に右賃貸借契約を解除できるものと解するを相当とする。

四、はたしてそうだとすれば右原告の解除の意思表示によつて原被告間の前記賃貸借契約は終了し、被告はその地上建物(被告本人尋問の結果によれば昭和三八年二月にいたり右作業場と称する部分の屋根の一部を取除いたことを認めることができるがその部分の除去をもつて建物としての効用を失つたものとは認めない)を収去し、その敷地三〇坪を原告に明渡さなければならない。

五、よつて原告の本訴請求を認容し民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 地京武人)

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